2023年11月8日水曜日

心販研コラム 心理のこまど

 


「心販研コラム 心理のこまど」は、出版営業のちょっとした呟きから、本づくり、本の営業の現場の空気を味わっていただきたくはじめたコーナーです。


今月の担当はみすず書房さまです。

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広く、慈愛に満ちた中井久夫の視線

 

昨年末、NHK-Eテレの「100de名著」が、解説に斎藤環先生を迎えて中井久夫特集を組んだ。番組を観ながら改めて、中井久夫という人物の仕事が実に幅広く興味の尽きないものであることを感じずにはいられなかった。

番組では中井の主要著書が数冊取り上げられていたが、その中でも興味を惹かれたのは『新版 分裂病と人類』』(東京大学出版会)だった。われわれは精神分裂病(現在では統合失調症と呼ばれる)と聞くと、名前の通り一つの精神的な「病」と考える。残念ながら、何らかの理由で罹ってしまった不運な「病」だと。

しかし中井はそれに対し、人類史という大きな流れで捉え直すダイナミックな再考を行う。目の前の患者が罹った「病」と見るのではなく、人類・文明の病としてとらえ、その発生のポイントを狩猟生活から農耕生活への変遷の過程で生じた価値観の変化にあると考えた。移動しながら獲物を探し、上手くいっても多くて数日分の食糧が獲得できるか否かといった狩猟生活から、定住し時期を計りながら種を植え、収穫し、貯蓄をする農耕生活へ。

それは我々の想像を超える大きな転換であり、人々の考え方にも根源的な変化をもたらしただろう。計画性、効率性、論理性など、現代にも通じる価値観が生まれ、そこに、強迫的な精神症の前兆があったと中井は考えた。この前兆から現代に至る壮大な人類史についてはぜひ『新版 分裂病と人類』東京大学出版会)をご覧いただきたい。そしてこの中井の広い視野と患者に対する慈愛の情がどのようにして生まれたのかは、小社刊行の『中井久夫 人と仕事』(最相葉月著)に詳述されている。ぜひご一読ください。




                                       (みすず書房 片桐幹夫)



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